須賀敦子『ユルスナールの靴』

作家ユルスナールの生立ち、米国への意図せぬ移住、作家の精神的成熟が構想作品の実現に見合うまでの長い道のり、登場人物の歴史的・宗教的背景……。そこにノマドとして欧州の宗教観、精神世界を理解しようと長年もがいた著者自身の若き日の実体験、あるいは年齢を重ねて訪った旅先でほどけるように開けた景色が金糸のように絡まり合う。

寄木細工のパズルのように美しく精巧な言葉がきっちりとした知性の箱に収まっていくような印象を与える文章。
そうして完成した姿はのっぺりとした筐体ではなくて、あちらこちらにピースが立体的に飛び出し、それ自体が芸術作品の形をしている。

欧州でアウトサイダーとして生きる身としては気持ちの重なる部分が多く、特に『フランドルの海』の章には個人的な記憶を掻き立てられて長い文章を書いたので、推敲して別途出そうと思う。
ただそれを抜きにしても旅行の際に行先の歴史を調べずに訪れるだとか、(欧州の知識層には)有名な芸術家について知らないであるだとか、親近感を感じられる点もあり嬉しく読んだ。

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